2008年
謹賀新年。
3日続けて休んでみた。
去年、3日以上続けて休んだのは、
自分自身が選手として出場した2ndQTのみ。
思えば、2007年の正月、
私には悔しさだけが残っていた。
選手としてQTに落ちたことよりも、
コーチをしていた坂倉俊哉君に、
シード権を獲得してもらえなかったことが。
彼が一番苦しんでいた時、
私は、自分の予選のために、
ツアーコーチを休業してしまった。
そのあまりの無責任さに、
愕然としていた。
私がずっとついていれば、
坂倉君がシード権をとるなんて、
そんな甘い世界ではないのは、百も承知。
ただ、坂倉君は、
私に人生をあずけてくれた。
私は彼の気持ちに応えられただろうか。
自問自答を繰り返していた、
去年のちょうど今頃、
ある決心をした。
コーチに専念しようと。
信じられないかもしれないが、
その決心をした日に、
一本の電話があった。
すし石垣君からだった。
「合宿に来てくれませんか」と。
鳥肌がたったことを今でも覚えている。
5日。プロ、プロ志願者だけを対象とした、
新年会を兼ねた講習会から、
2008プロコーチとしての幕が上がる。
坂倉君もいる。
石垣君もいる。
あの日の後悔を二度としないために、
私は走りつづける。
3日続けて休んでみた。
去年、3日以上続けて休んだのは、
自分自身が選手として出場した2ndQTのみ。
思えば、2007年の正月、
私には悔しさだけが残っていた。
選手としてQTに落ちたことよりも、
コーチをしていた坂倉俊哉君に、
シード権を獲得してもらえなかったことが。
彼が一番苦しんでいた時、
私は、自分の予選のために、
ツアーコーチを休業してしまった。
そのあまりの無責任さに、
愕然としていた。
私がずっとついていれば、
坂倉君がシード権をとるなんて、
そんな甘い世界ではないのは、百も承知。
ただ、坂倉君は、
私に人生をあずけてくれた。
私は彼の気持ちに応えられただろうか。
自問自答を繰り返していた、
去年のちょうど今頃、
ある決心をした。
コーチに専念しようと。
信じられないかもしれないが、
その決心をした日に、
一本の電話があった。
すし石垣君からだった。
「合宿に来てくれませんか」と。
鳥肌がたったことを今でも覚えている。
5日。プロ、プロ志願者だけを対象とした、
新年会を兼ねた講習会から、
2008プロコーチとしての幕が上がる。
坂倉君もいる。
石垣君もいる。
あの日の後悔を二度としないために、
私は走りつづける。




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